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四百光年のひかり(不定期連載) |
[ 2008/05/18 ]
月の光だけで生きているような、彼女はそういう人だった。
帰りの通勤電車が混んでいないとしたら、それは何かの大型連休か、学生の夏休みか、はたまた寝坊して超重役出勤になった時か。
高山佐久は今日も人の間に挟まれて、何とかつり革を確保しながらも、時々揺られては人とぶつかってぼんやりとそんなことを考えていた。
帰ったらゆっくり風呂に入ってビールでも飲みながら録画しておいたサッカーのDVDでも観るか…と、この身動きの全くできない車内で想像だけは楽しいことを考えて現実逃避する。さっきから隣の女性の香水の匂いがキツすぎて、少し気持ちが悪い。早くこの窮屈な状態から解放されないものかと思っていた時、ようやく電車は目的の駅に着いた。
車外に放られると、新鮮な空気を大きく吸ってゆっくり吐き出す。幸い、香水の匂いはスーツには移っていなかった。
日はとうに暮れている。空を見上げると、この都会でも微かになら星を眺めることができた。
「お、北斗七星か」
七つ星のしっぽの三個しか確認できなかったが、中学の頃に天文部にいたせいですぐに分かる。
この時間に北斗七星が見られるということはもう夏なんだなと、そんなことも考えてみる。
本来ならば北極星があるべき場所をじっと見ながら、やはりここでは見えないかと軽くため息を付いてマンションの部屋の鍵を開けた。
佐久は都内近郊のマンションに一人暮らしをしている。もう上京してきて十年になるため、そろそろ落ち着かないかと実家の母からしょっちゅう見合いの話が来るのが最近の悩みの種だ。
別に女性が嫌いなわけじゃない。勿論、過去に好きになった人も居たし、つき合った人だって何人かいる。
しかし、皆、
「あなたは、私のことを本気で好きではないのよ」
と言って消えて行った。
風呂にゆっくり浸かって出てくると、いつの間に鳴っていたのか留守電のランプが付いていた。
また母から見合いの話かとうんざりしつつオレンジに光るボタンを押す。
少しの雑音混じりの無音の後、聞いたことのない女性の声で録音が入っていた。
『ここからなら…北極星が見えます』
いたずらか?
佐久は顔をしかめてもう一度録音を聞く。内容は変わらない。
不思議なことにいつもなら自動で入る時間のスタンプが入っていない。いつかかってきた電話なのか分からない。
思わず開けっ放しだったベランダのカーテンを閉めた。
その前に少しだけ夜空を見てみた。先ほどと変わりのない淀んだ都会の空。
北極星なんて勿論見えない。
見えるはずがない。
結局その日は電話が鳴ることもなく、佐久はビールを飲んで、サッカーのDVDを楽しんで寝た。
あの電話のことは、忘れて。
(続く)



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